向井康介さん連載「創作の余白に」 第9回 – 徳島新聞



三好市出身の脚本家向井康介さんが、日々の暮らしで感じたことなどをつづる。

向井康介さん

【第9回】12月24日

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願い申し上げます。

と、掲載日に合わせてあいさつしているが、実際に書いている今は、まだ年を越す前の12月24日、クリスマスイブ。テレビでは特番が続き、街のそこかしこでは、たくさんの恋人同士や若者たちが浮かれ騒いでいることだろう。そんな夜はおとなしく部屋に引きこもって、ひっそりと仕事を続けるに越したことはない。僕はこういったイベントに乗っかるのが嫌いな人間だ。日本のクリスマスは誰がいつからこんなふうにしてしまったのだろう。

仕事で、つい1週間ほど前まで、カナダのバンクーバーに行っていた。さすがに本場とあって、12月も上旬を過ぎる頃にはあちこちに赤い電飾が灯(とも)り、どの家の窓からもクリスマスツリーがのぞける。

バンクーバーのイルミネーション。カナダでは聖夜は家族で過ごすという=2017年12月

「クリスマスはやっぱり恋人と2人で出掛けるの?」と僕は仕事で知り合ったカナダ人に尋ねた。すると彼は不思議そうな顔をして「何言ってるんだ。クリスマスはみんな、家族と一緒に家で過ごすんだよ」。

そう言われて、ふと僕の頭の中にひとつの過去が思い出された。それはまだ小学校に上がる前のクリスマスイブ。僕と三つ年上の兄は、いい子にしないとサンタクロースがプレゼントをくれないかもしれないよと両親から忠告された。しかし、兄はサンタクロースが父母だということをすでに見抜いていた。そして夜、寝室で並んだベッドに入りながら兄は言った。

「ええか、俺らが寝た後に、父さんと母さんがプレゼントを置きにくるけど、目ぇ覚ましたらいかんぞ。ちゃんと寝たふりしとけよ」。10歳にも満たない兄なのに、もうちゃんと父母に気を使うようになっていた。

果たして深夜、静かにドアノブが動いた。そして二つの足音が僕と兄の枕元にやってきた。包装紙の擦れる乾いた音がする。僕は必死に目を閉じ、身を固くした。起きているのを気づかれてはいけない。その緊張から、両親が部屋を出て行ってからも目が開けられないでいた。そうして、そのうちに眠りに落ちた。

どのぐらいか経(た)って、僕は兄に揺り起こされた。起き上がってみると、僕と兄の枕元にリボンの付いた箱が一つずつ置かれていた。包装紙を破ると、目当てのラジコンが入っていた。僕は兄と、まだ夜の明けきらない庭先でラジコンを走らせた。僕たちの歓声に眠りを妨げられた両親が出てきて、結局僕らはしかられたのだが・・・。

バンクーバーのライトアップされたクリスマスツリーを眺めながらそんな思い出に浸ってみると、浮かれたイベントは嫌いだとうそぶく自分がちょっと恥ずかしくなってくる。日本のクリスマスも、子供たちやその家族にとっては、やっぱり意義のあることには違いないのだろう。

(2018年1月12日掲載)

〈これまでの記事〉

第1回 徳島国際短編映画祭

第2回 上京の友人と地酒

第3回 物を書く仕事

第4回 理髪店の息子

第5回 小さな映画監督

第6回 聖の青春

第7回 心のオアシス 北京

第8回 馴染みの定食屋




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