最新の切削工具でIoT時代のニーズに応える京セラ – MECT2017 | マイ … – マイナビニュース

2017年10月18日から21日にかけて愛知県のポートメッセ名古屋にて開催されている西暦奇数年における国内最大規模の工作機械展「メカトロテックジャパン2017(MECT2017)」において、京セラは高能率刃先交換式ドリル「マジックドリル DRV」などの、新技術・新開発の最新切削工具を出展している。

高能率 刃先交換式ドリル「マジックドリル DRV」 DRVの拡大模型

近年、IoTの普及にともなう加工環境の変化によって、工具開発におけるニーズは変化している。特に、長寿命化、高い切りくず処理性能、高能率、低抵抗などといった性能が求められている。同製品は、これらのニーズに応えることを目指して開発されたものであり、これによって、従来の穴あけ加工の問題を解決するという。

同製品は、ドリルの芯厚を従来品より33% 厚くすることで、剛性が高まり、さらに切削抵抗は39% 低下している。また、外刃、内刃の形状を変化させることで、切りくずの処理性能を向上させた。外刃の切りくず形態を従来品と比較すると16% 減少。内刃では単位長さあたりの質量が従来比47% 減少した。そのほか、外刃にCVDを採用、内刃のPVDとの組み合わせで高速・高寿命加工を実現した。これにより、従来製品より55% 速い切削が可能になるという。

外刃はU字切れ刃になっており、切りくずをコンパクトに排出することで、詰まりを抑制する 内刃はスプーン型切れ刃になっており、切りくずの軽量化により、優れた切りくず排出性を有する 外刃にCVDを採用することで、高能率加工を実現する

ブースではそのほか、振動抑制エンドミル「Zシリーズ」を始めとするハイパフォーマンスソリッドエンドミルシリーズ、鋳鉄加工用CVDコーティング「CA3シリーズ」、アルミ加工用 高能率仕上げカッタ「MFAH」など、多くの新技術・新開発の最新切削工具が展示されている。

ブース展示の様子

京セラ美術館 2017年秋季特別展「維新の夜明け~鳥羽伏見の戦い150年記念展」 – SankeiBiz

京セラ株式会社(社長:谷本 秀夫)は、社会貢献活動の一環で開設している京セラ美術館(京セラ本社ビル1階)において、本年10月28日(土)から12月3日(日)までの約1ヵ月間、2017年秋季特別展「維新の夜明け~鳥羽伏見の戦い150年記念展」を開催いたします。
京セラ本社ビルの周辺は、1868年(慶応4年)1月3日に鳥羽伏見の戦いが行われた、まさにその地です。戊辰戦争の端緒となったこの戦いから2018年1月で150年となることにちなみ、京セラ美術館にて、本展を開催することとなりました。本展では、当時の戦いの様子を描いた毛理嶋山官軍大勝利之図、坂本龍馬が寺田屋騒動の後に治療を受けたとされる薩摩藩伏見屋敷の絵図など約60点の貴重な資料を公開する予定です。
明治維新の舞台であったこの地で、錦絵、絵図、瓦版などの文献資料を通じ、近代日本の樹立に命を懸けた人々の信条と熱い情熱を感じとっていただける特別展となっています。
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毛理嶋山官軍大勝利之図(部分) 歌川国広画(個人蔵)

■特別展概要
表1: https://www.atpress.ne.jp/releases/141015/table_141015_1.jpg

■関連イベント
1.講演会 会場:京セラ本社ビル2Fプレゼンテーションルーム
11月18日(土)13:00~ 「鳥羽伏見の戦いの勝敗を分けたもの」(仮題)
講師:大和大学准教授 竹本知行氏
11月25日(土)15:00~ 「鳥羽伏見の戦いを読む-1月3日の西郷隆盛-」
講師:城南宮宮司 鳥羽重宏氏
2.ギャラリートーク 会場:京セラ美術館
10月29日(日)、11月12日(日)、11月23日(木・祝)、12月3日(日)
各回14:00~

■展示の見どころ
新政府軍が優位に戦いを進め、大坂城が炎上する様子を描いた「毛理嶋山官軍大勝 利之図」や「山崎合戦官軍大勝利之図」、徳川慶喜が大坂から船で江戸に逃れる様子を描いた「徳川治績年間紀事 十五代徳川慶喜公」、当時の日誌や瓦版など、鳥羽伏見の戦いの模様がつぶさに感じ取れる展示となっています。
また、今年6月、寺田屋騒動にて負傷した坂本龍馬が治療を受けたとされる薩摩藩伏見屋敷の絵図が発見されたと発表されました。今回は、この絵図を特別にお借りして展示しています。
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徳川治績年間紀事 十五代徳川慶喜公(部分)月岡芳年画(個人蔵)
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薩摩藩伏見屋敷絵図
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薩摩藩兵・阿多孫二郎所用の鉢振(陣笠)(城南宮蔵)

日本株ADR18日 高安まちまち ソニーが上昇、京セラは安い :日本経済 … – 日本経済新聞

【NQNニューヨーク=横内理恵】18日の米株式市場で日本株の米預託証券(ADR)は高安まちまちだった。日経平均株価が12日続伸し、ほぼ21年ぶりの高値で終えた。米株式市場でも主要株価指数が過去最高値を更新した。ただ利益確定の売りも出やすく、日本株のADRには売り買いが交錯した。ソニートヨタ三井住友FGが上昇。キヤノンNTTドコモ野村も高い。一方、京セラ三菱UFJオリックスが下落。みずほFG、LINEも下げた。

京セラ、鹿児島で半導体製造装置の部品増産 – 日本経済新聞

 京セラは18日、半導体や液晶の生産工程で使うセラミック部品を、鹿児島県の工場で増産すると発表した。既存工場に56億円を投資して新棟を建設し、同部品の生産能力を2倍にする。データセンター向けのフラッシュメモリーやスマートフォン(スマホ)の高機能化で半導体需要が拡大していることに対応する。

 新棟は鹿児島国分工場(鹿児島県霧島市)で11月に着工し、2018年10月から操業する。面積は約5560平方メートルで6階建て。シリコンウエハーに薄膜を形成する「成膜」や回路をつくる「エッチング」などの工程に採用されるセラミック部品を増産する。金属やガラス、樹脂に比べて耐薬品性などに優れ、装置のアームや固定器具、容器に使う。

 京セラは鹿児島県のほか、滋賀県東近江市や米国など国内外5カ所で同セラミック部品を生産している。4月には米ワシントン州の工場の生産能力を5割増強した。需要拡大に生産が追いつかない状態が続いていた。

京セラ鹿児島国分工場に新工場を建設 – SankeiBiz

京セラ株式会社(社長:谷本 秀夫、以下:京セラ)は、ファインセラミック部品関連事業の更なる拡大、および他事業の将来的な設備増設を見据えた生産スペースの確保を目的として、鹿児島国分工場に新たに第4-1工場を建設することを決定しました。本日、鹿児島県知事の立会いのもと、地元自治体である霧島市と立地協定締結の調印式を執り行いましたのでお知らせいたします。
第4-1工場は、2018年10月より半導体・液晶製造装置用のファインセラミック部品の
生産を開始し、同製品の生産能力を従来の約2倍にする計画です。
現在、IoTの普及に伴うビッグデータ、AIの活用など、高度情報化社会の到来により、データ処理の高速化や大容量化が求められています。データセンターなどでは、従来の記憶媒体であるHDD(ハードディスクドライブ)から、より高速のSSD(ソリッドステートドライブ)などの半導体メモリへの移行が進んでおり、その半導体素子を製造する装置の需要が急速に高まっています。また、FPD(フラットパネルディスプレイ)の市場では、スマートフォンやテレビに高精細な有機ELを採用する動きが拡大しており、FPD製造装置の需要が増加しています。
京セラでは、これら旺盛な市場要求に対応することで、ファインセラミック事業の強化をはかるとともに、鹿児島県の経済活性化や新たな雇用機会の創出による地域社会の発展に貢献してまいります。

■新工場の概要

名称:京セラ株式会社 鹿児島国分工場 第4-1工場
所在地:鹿児島県霧島市国分山下町1-1(既存敷地内)
投資総額:約56億円
建築面積:5,561.88m2 (鉄骨、6階建)
延床面積:29,232.18m2
建設計画:着工:2017年11月 操業:2018年10月
生産品目:半導体・液晶製造装置用ファインセラミック部品
生産計画:約30億円(初年度:2018年10月~2019年3月)

京セラが中国に全自動の工場増設、18年稼働 – LogisticsToday

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京セラは17日、傘下の京セラドキュメントソリューションズが複合機、プリンター向けのOPC感光体ドラムの生産能力を増強するため、中国工場の増設に着工したと発表した。

京セラドキュメントソリューションズは140か国以上の国で事業を展開しているが、複合機やプリンターのカラー機の受注拡大に伴い、低中速機に搭載されるOPC感光体ドラムの生産の増強が急務となったことを受け、生産能力を確保するためOPC感光体ドラムの生産工場を増設することにした。

2018年5月下旬に第2工場が稼働すると、中国工場のOPC感光体ドラムの生産能力は20年時点で現在の2.5倍以上に大幅に増える見込み。

京セラが生産するOPC感光体ドラムは、一般的な多層構造の負帯電型OPCドラムと異なり、長寿命で高画質を維持できる独自開発のもので、生産性が高い完全自動化ラインの導入により、ドラムの受注増加に効率的に対応した生産体制を整える。

また、高騰する人件費などに影響を受けにくい完全自動化ラインによる生産体制を構築。ラインの稼働状況など工場内のさまざまな情報を見える化し、その中で収集したデータを自動的にフィードバックするなど、IoTを活用した取り組みを進める。

中国に全自動化工場を増設 – 財経新聞

中国に全自動化工場を増設

プレスリリース発表元企業:京セラ株式会社
完成予想図

工場配置図

京セラ株式会社の関連会社である京セラドキュメントソリューションズ株式会社(社長:伊奈 憲彦)は、複合機およびプリンター向けのOPC感光体ドラム※の生産能力を増強するため中国工場の増設に着工いたしました。
京セラドキュメントソリューションズでは、製造子会社の京セラ弁公設備科技(東莞)有限公司(以下:中国工場)で、複合機およびプリンターの生産に加えて、OPC感光体ドラム(消耗品)の生産も行っています。世界140か国以上の国でビジネスを展開する当社は、複合機やプリンターのカラー機受注拡大に伴い、低中速機に搭載されるOPC感光体ドラムの生産の増強が急務であることから、生産能力確保のためOPC感光体ドラムの生産工場の増設を決定いたしました。
2018年5月下旬に予定している第2工場の稼働により、中国工場でのOPC感光体ドラムの生産能力を2020年には、現在の2.5倍以上に大幅に増強する予定です。
当社で生産しているOPC感光体ドラムは、一般的な多層構造の負帯電型OPCドラムと異なり、長寿命で高画質を維持できる独自開発のドラムです。このドラムは生産性が高い完全自動化ラインの導入により、ドラムの受注増加に効率的に対応した生産体制を整えます。また、高騰する人件費等に影響を受けにくい完全自動化ラインによる生産体制を構築することで、全世界のお客様に高い水準の品質を持つOPC感光体ドラムの安定供給を実現していきます。
さらに、ラインの稼働状況など工場内のさまざまな情報を見える化し、その中で収集したデータを自動的にフィードバックするなど、IoTを活用した取り組みを積極的に進めてまいります。
※OPC感光体ドラム:Organic Photo Conductor(有機感光体)

■新OPC感光体ドラム 第2工場の概要
名称:京セラ弁公設備科技(東莞)有限公司 OPC感光体ドラム第2工場
建設地:中国工場内
敷地面積:6,475m2 (約100x65m)
延べ床面積:10,830 m2 (鉄骨: 3階建て)
着工:2017年7月
量産開始:2018年5月下旬
生産品目:OPC感光体ドラム

詳細はこちら

プレスリリース提供元:@Press

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KDDIが成功した「たったひとつ」の理由 | プレジデントオンライン … – PRESIDENT Online

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京セラ、KDDIを創業し、日本航空(JAL)を再建した稲盛和夫氏。1984年にKDDIの前身であるDDI(第二電電企画)を立ち上げたとき、「できるわけがない」と散々に言われたといいます。それでも通信事業の自由化に挑戦したのはなぜか。稲盛氏は「『人間として何が正しいのか』を考えた結果」といいます。どういうことか。「稲盛哲学」の具体例を紹介します――(全3回)。

※以下は稲盛和夫『活きる力』(プレジデント社)からの抜粋です。

1984年に新規参入した「第二電電」の挑戦

私は、1984年に、通信事業の自由化に伴って、第二電電企画(DDI)という会社をつくりました。

稲盛和夫・京セラ名誉会長

現在では、KDDと日本移動通信(IDO)を合併しまして、KDDIという、NTTに次ぐ国内第2位の通信会社になっています。そのKDDIの売上は、約3兆円。京セラとKDDIをあわせた売上は、4兆円を超えるまでになっています(※売上などについては2001年7月時点のもの)。

これが、27歳で会社をはじめて42年間(当時)、「人間として何が正しいのか」ということだけを座標軸にして人生を歩いてきた結果です。

よく、国内外の評論家の方々や経済学者の方々から「どうして京セラはここまで発展したのですか」と聞かれます。また、「稲盛さんは優秀な技術屋で、しかもちょうどセラミックスというものが流行するような時代にたまたま遭遇されたから、大成功を収められたのですね」とも言われますが、そのとき私は「そうではありません。時流に乗ったわけでもなければ、私の技術が優秀だったからでもないのです。一番大事なのは、私が持っていた考え方、哲学が正しかったからだと思います。そして、それを私だけではなく、従業員が共有してきたからです」と言っています。

立派な哲学さえ持っていれば、誰がやっても成功する、そのように私は考えています。

通信事業が自由化される以前、日本の通話料金は非常に高く、庶民はたいへん困っていました。私は、かなり昔からアメリカで仕事をしていましたので、アメリカの通話料金は日本と違って非常に安いということを知っていました。

カリフォルニアからニューヨークへ電話をかけて長話をしても、電話代が非常に安い。一方、日本では出張中などに、東京から京都の本社に公衆電話を使って電話をしようというとき、100円、200円を10円玉に替えて、次から次へととにかく大量に入れる、というくらい通話料が高かったのです。

私はそれをずっと不満に思っていました。電気通信事業が一社の独占で行われており、国民が苦労しているのを見て、これはけしからんということで、第二電電をつくることにしたのです。

自分自身でも無謀だと思いましたし、周囲からも「稲盛さんはセラミックスの分野では優秀な技術屋かもしれないが、電気通信の技術については何も知らないじゃないか。できるわけがない」と言われたものです。